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仙台高等裁判所 昭和48年(ネ)299号 判決

控訴人

柏山慶一

右訴訟代理人

阿部一雄

被控訴人

日向ヨシ

右訴訟代理人

菅野一郎

外三名

主文

控訴人は被控訴人に対し金二八三万六六〇六円及びこれに対する昭和五一年七月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人の当審におけるその余の請求を棄却する。

原判決中控訴人に関する部分は当審における被控訴人の訴の変更により失効した。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の、各負担とする。

この判決は主文第一項及び前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人に関する部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、なお、原判決の認容にかかる従前の主位的請求を当審において撤回し、従前の予備的請求を主位的請求に改めて「控訴人は被控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年八月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めるとともに新たに予備的請求を追加して右同趣旨の判決を求めた。

(被控訴人の陳述)

一  主位的請求の原因

1  齋藤和男は昭和四五年九月一〇日控訴人から金一五万円を借り受け、金二万円を天引されたが、その際控訴人の指示により、約束手形用紙に齋藤が振出人欄に署名押印するとともに金額欄に三〇〇万円と記入し被控訴人が第一裏書人欄に署名押印し、他の手形要件は白地のままで、これを控訴人に差し入れた。

2(一)  しかるところ、控訴人は右手形の振出日欄に昭和四六年一月八日、支払期日欄に昭和四六年四月七日、支払地欄に盛岡市、支払場所欄に盛岡市大通三丁目六番一七号有限会社平和商会と各白地補充したうえ、これを田中嶽治に金三〇〇万円をもつて譲渡した。そして、この手形は高橋信一、佐々木忠に順次裏書譲渡され、佐々木は被控訴人を相手方として右手形金三〇〇万円の請求訴訟を提起し、勝訴の確定判決を得たうえ、昭和四八年七月九日右手形金債権を遠藤幸一郎に譲渡した。

(二)  被控訴人は昭和四九年七月その所有にかかる土地建物を東日本土地株式会社に売渡したところ、右遠藤から右売買が詐害行為に当るとして右訴外会社を相手方として右土地建物につき処分禁止の仮処分がなされた。そこで、右訴外会社と被控訴人とが話合つた結果、訴外会社は遠藤に対し被控訴人に代つて同年一〇月及び一二月に合計金三〇〇万円の右手形金債務を支払つて遠藤から右手形を受戻したうえ、同年一二月二七日被控訴人との間に右土地建物の買受代金債務から右立替金債権を差引く旨の相殺の合意をして右手形を被控訴人に交付した。

3  以上のとおり、被控訴人は齋藤和男の控訴人に対する債務を保証する趣旨で右手形に裏書をしたうえ、これを担保として控訴人に交付したものであるところ、控訴人は右手形を田中嶽治に金三〇〇万円で譲渡し、他方被控訴人は金三〇〇万円を出捐して右手形を遠藤幸一郎から受戻した次第であるから、控訴人は担保物の処分に伴う清算ないし不当利得の返還として金三〇〇万円を被控訴人に支払う義務がある。よつて、被控訴人は控訴人に対し右金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年八月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  予備的請求の原因

控訴人が、その主張のように、右手形を取立委任の目的で佐々木忠に譲渡したにすぎず対価を得ていないものであるとしても、控訴人は、債権者として担保物を善良に管理し債務者に損害を与えないようにすべき注意義務があるにかかわらず、佐々木に担保物たる右手形を交付し、同人に訴訟手続を悪用させ、被控訴人の控訴人に対する抗弁の対抗を不可能にすることによつて被控訴人から貸金債権額をはるかに上廻る金員を取得しようとしたものであり、被控訴人は前記の経緯で金三〇〇万円の出捐を余儀なくされたが、これは控訴人の右注意義務の違反によるものであつて、控訴人は被控訴人に対し不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償として右金三〇〇万円及びこれに対する前記同旨の遅延損害金を支払う義務を負う。

なお、被控訴人は昭和四六年一〇月八日前記有限会社平和商会に宛て齋藤和男の前記債務の弁済のため元利合計金一五万五一二八円を供託した。

(控訴人の陳述)

一  主位的請求の原因について

被控訴人主張の1項の事実中天引の事実は否認するが、その余の事実は認める。

弁済期日は昭和四五年一二月一〇日の約であつた。2項の事実中、右手形に控訴人が被控訴人主張のような白地補充をしたこと、右手形に被控訴人主張のような裏書がなされていること及び佐々木忠が被控訴人を相手方とする右手形金の請求訴訟において勝訴の確定判決を得たことは、いずれも認める。控訴人は、齋藤和男が弁済期日に貸金債務の返済をしなかつたので、担保として受領していた右手形を佐々木に交付し取立を依頼したものであつて、その際何らの対価も得ておらず、その後においても、佐々木からも他の誰からも何らの金員を取得していない。その余の同項記載の事実は知らない。

二  予備的請求の原因について

本件手形は控訴人が担保の趣旨で交付を受けたものであるから、債務者である齋藤和男において弁済期日を徒過するも借受金を控訴人に返済しない場合、右手形を控訴人が処分したとしても、それが直ちに善管義務違反、債務不履行となるものとは思われない。控訴人は、右手形を佐々木に詐取され、或いはその対価を横領されたもので、むしろ被害者である。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一被控訴人主張の主位的請求の原因1項の事実は天引の事実を除き当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠〉を合わせ考えれば、齋藤和男と控訴人との右消費貸借契約における弁済期日が昭和四五年一二月一〇日の約であり、被控訴人が齋藤の右債務につきこれを保証する旨を控訴人に約し、右各債務の支払を担保するために齋藤が被控訴人主張の本件手形を振出し被控訴人がこれに裏書して控訴人に差し入れたものであると認められ、右認定に反する証拠はない。

二被控訴人は、控訴人が本件手形を田中嶽治に譲渡し、因つて被控訴人に対し担保物件の処分に伴う清算義務又は不当利得返還債務を負うに至つた旨主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠は顕れていない。もつとも、本件手形には被控訴人による保証のための第一裏書に次いで右田中嶽治による裏書がなされていることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば右第一裏書は被裏書人を白地とするものであることを認めることができるから、これらの事実と前項判示の諸事実とを併せてみるときは、被控訴人から本件手形の交付を受けた控訴人は、被控訴人による第一裏書が白地裏書であることを利用し、自己の裏書を省略して同手形を右田中に交付して譲渡したものと推定しうるが如くである。しかし、〈証拠〉を総合すれば、控訴人は、齋藤が弁済期日を過ぎても右貸金債務を返済しなかつたので、右手形に被控訴人主張のような白地補充をしたうえ(控訴人がそのように白地補充をしたことは当事者間に争いがない)。昭和四六年一月頃これを佐々木忠に交付し手形金の取立を依頼したところ、佐々木は、田中嶽治及び高橋信一に依頼して各裏書の署名押印を得たうえ、被控訴人を相手方として右手形金三〇〇万円の請求訴訟を提起し勝訴の確定判決を得て(佐々木が被控訴人を相手方とする右手形金の請求訴訟において勝訴の確定判決を得たことは当事者間に争いがない)、昭和四八年七月九日被控訴人に対する右手形金債権を遠藤幸一郎に代金二五〇万円で譲渡して、その頃被控訴人に右債権譲渡の通知をなし、右手形を遠藤に交付して右譲渡代金を受領したことが認められ〈る。〉

右認定の事実によれば前記推定が成立しないことは明らかであり、他に控訴人が田中嶽治に対し本件手形を譲渡した旨の被控訴人の主張事実を認めるに足る証拠はないので、結局、控訴人に対し清算金ないし不当利得金の支払を求める被控訴人の主位的請求はこれを認めるに由ないものというほかはない。

三次に被控訴人の当審における予備的請求につき判断する。

1 前記一、二項に判示した諸事実によれば、控訴人は齋藤和男に対する貸金債権を担保するため被控訴人からその裏書に係る本件手形の交付を受けたのであるから、右齋藤が右貸金を弁済期に弁済しないときの右担保権の行使方法としては、右担保契約上の義務として、先ず、担保提供者であり手形裏書人である被控訴人に対し本件手形上の請求権を行使して、手形金のうち右貸金の元本、利息及び遅延損害金の支払を求めるべきであり、次に何らかの理由によつて右手形上の請求をなし得ないときは、本件手形を適正な価格で他に譲渡してこれを換価処分してうえ、換価金中から右貸金の元本、利息及び損害金を差引いて、剰余金を被控訴人に返還すべき清算義務を負うものと解すべきである。

本件において、控訴人は前記認定のとおり佐々木忠に対し本件手形の取立を委任したのであるから、右の第一の担保権行使方法を採つたことが明らかであるところ、〈証拠〉によれば、控訴人は被控訴人の抗弁権を切断し本件手形金全額を取立てる目的のもとに右佐々木に対し本件手形を交付してその取立を委任したものであることを認めることができる。してみると、控訴人は、その責に帰すべき事由により前記担保契約上の義務に違反したのであるから、これに因り被控訴人が被つた損害を賠償すべき責任を負うものといわなければならない。

もつとも、前記認定のとおり、佐々木忠は受任の趣旨に反し、本件手形金を被控訴人から取立てることなく、本件手形上の債権を遠藤幸一郎に譲渡したのであるが、〈証拠〉によれば、控訴人はその後間もなく右債権譲渡の事実を知つたが、右佐々木から譲渡代金を受領していない事実を認めることができ、また、本件全証拠によつても、控訴人は右佐々木に対し同人が受領した右譲渡代金を控訴人に支払うよう請求した事実を認めることはできない。前記担保契約上の控訴人の義務及び上記認定事実に鑑みるときは、控訴人は右佐々木が本件手形上の債権を遠藤に譲渡したことを知つたときは直ちに同人から本件手形を買い戻したうえ、被控訴人に対し前記貸金の元利金及び損害金の支払を受けるのと引換えに本件手形を被控訴人に返還すべき注意義務を負うものというべきである。然るに控訴人はかかる措置を講ずることなく本件手形を遠藤の手裡に放置したのであるから、これに因り被控訴人に生じた損害を賠償する責任を負うものというべく、いずれにせよ、控訴人は被控訴人に対する損害賠償責任を免れない。

2  〈証拠〉によれば、控訴人は齋藤和男に対する本件金一五万円の貸金に際し手数料名義で金二万円を天引し金一三万円を交付した事実を認めることができ〈る。〉利息制限法三条によれば、右天引金二万円は利息の天引とみなされるから、同法二条、一条に従つて計算すると(利息発生日数は九二日)、右金二万円のうち金一万四一〇二円は元本の支払に充てたものとみなされるから、本件貸金の弁済期における残元本は金一三万五八九八円となる。

本件全証拠によつても、本件貸金につき利息及び遅延損害金の各利率を定める合意が成立したことを認め得ない。したがつて、遅延損害金の利率は民法所定の年五分の利率により計算すべきである。

3  〈証拠〉によれば、被控訴人は昭和四六年一〇月八日有限会社平和商会を還付請求権者として齋藤和男の借用金元利、損害金合計金一五万五一二八円を代位弁済のため供託した事実を認めることができるが、右は弁済の相手方を異にするから、控訴人に対する本件貸金の弁済の効果を生ずるに由ないものといわなければならない。

4  〈証拠〉を総合すれば、主位的請求の原因2(二)の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右の事実によれば、被控訴人の本件手形上の債務は昭和四九年一二月二七日消滅し、これにより齋藤和男の控訴人に対する前記認定の本件貸金残元本金一三万五八九八円及びこれに対する昭和四五年一二月一一日から同四九年一二月二七日までの年五分の割合による遅延損害金二万七四九六円、右合計金一六万三三九四円の支払債務も消滅し、したがつて被控訴人の控訴人に対する担保提供者としての右同額の金員の支払義務を免れたものということができる。

右によれば、被控訴人は控訴人の前記債務不履行に因り被控訴人の出捐にかかる金三〇〇万円から右一六万三三九四円を差引いた金二八三万六六〇六円の損害を被つたものというべきである。

5、本件記録によれば、被控訴人の前記予備的請求を記載した昭和五一年七月一日付準備書面は同日控訴代理人に交付されたことが明らかである。したがつて、控訴人は被控訴人に対し前記損害金に対する昭和五一年七月二日以降完済まで民法所定の年五分の利率による遅延損害金を支払う債務を負う。

四よつて、被控訴人の当審における主位的請求は理由がないから、これを棄却し、被控訴人の予備的請求は、控訴人に対し金二八三万六六〇六円及びこれに対する昭和五一年七月二日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の予備的請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条に従い、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、なお、原判決中控訴人に関する部分は当審における被控訴人の訴の交替的変更により失効したから、その旨を宣言することとして、主文のとおり判決する。

(大和勇美 桜井敏雄 渡辺公雄)

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